タップダンサーのための靴を制作して以来、靴で音楽を奏でるという着想から始まった、東京を拠点に活躍する靴職人/アーティスト 三澤則行の作品〈MUSICシリーズ〉。バイオリン、ピアノ、クラリネットとアプローチする楽器を変えながら、三澤は楽器のパーツから、あるいは楽器の音から受け取った印象を「靴」という形に変えてきた。シリーズの制作中に始まった新型ウイルスの感染拡大により、海外渡航が日常でなくなった今、シリーズ作品発表の場として三澤が選んだのが、広島県尾道だった。小津安二郎、大林宣彦をはじめ、多くの映画監督を魅了し、映画作品の舞台となってきた尾道。その歴史を見守ってきた出雲屋敷(せとうち湊のやど)が展示会場だ。和風建築の屋敷に、西洋の靴を置く。展示された作品は、ときに室礼のようであり、ときに逗留したであろう文人墨客の面影を偲ばせる。時間も音楽も、目には見えずに消えていく。けれど、その余韻は、確かにそこに留まっているのかもしれない。音楽を「靴」で表現したMUSICシリーズを日本家屋に展示した三澤の試みは、見るものを不思議な世界に誘っている。